約 1,076,760 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/161.html
トリステイン魔法学院本塔最上階学院長室 そこにどこからどう見ても仙人としか言いようの無い老人が椅子に座っていた。 動きは無い、ボケているようにも見えるが、まぁただ単に暇なだけだ。 微妙に震えている気がするが多分ボケてはいないッ! 「学院長、き、緊急事態です!」 そこに飛び込んできたのは見事なU字禿を持つコルベール。 「………………」 返事が無い (遂にボケたかッ!?)と本気で心配になる。 「……はッ!何か用かの?」 (とうとうか…) だが、緊急事態の内容を思い出しオスマンのボケの可能性の心配を消し飛ばす。 「ヴェストリの広場で、決闘を始めた生徒が…」 その言葉をオスマンが遮る。 「貴族というのは暇な生き物が多いようだのぉ。で~誰と誰がやらかしとるんだね?」 正直「ま た 決 闘 か !」という反応である。 「一人はギーシュ・ド・グラモン。相手はメイジではなく、ミス・ヴァリエールの使い魔の平民ですが…」 「いかんのぉそれは…メイジと平民では勝負にならんではないか、止めてきなさい」 だが次のコルベールから発せられた言葉はオスマンを驚嘆させるに十分であった。 「それがその…もう決闘は終わったようなんですが…」 「なんじゃ、それを早く言わんかね」 「いえ…その…実は……『死者』が出まして…」 「何じゃとぉぉおおおお!!」 その報告にオスマンがブッ飛んだように立ち上がる。無理も無い、メイジと平民の決闘などメイジが勝つに決まっている。 だから、オスマン自身も必然的に死んだ方は平民の使い魔と判断した。 「まったく…ミス・ヴァリエールも変り種とは言え使い魔の召喚に成功したというのに…」 「違います、死者は……ミスタ・グラモンの方でして…」 『オスマンも月まで吹っ飛ぶこの衝撃!』 本日最大級のオスマンの叫びが轟いた。 「なんとしたことじゃ…」 今までメイジと平民が決闘をしたとういう事すら前例が無いというのに 平民がメイジに勝った挙句それを殺したという異常事態に生きる魔法辞書オスマンも精神的動揺を隠せない。 「それで、どうやってその平民の使い魔がメイジに勝ったんじゃ」 「決闘の原因は分かりませんが…それを見ていた生徒達の話によると 見えない何かがミスタ・グラモンの首を掴み中空に持ち上げた瞬間…信じられないかもしれませんが『老化』させたというのです」 「なんと…その使い魔はメイジではないのじゃろう?」 「杖など持っていませんし…それに老化させる魔法など聞いた事もありません」 「ふむ…召喚した時とか何か妙な事は無かったかの?」 「…実は、ミス・ヴァリエールが使い魔の儀式を終えた後 その使い魔が何かを叫んだと思ったら私が急に倒れてしまって…」 その瞬間オスマンの目がカッと開かれ叫んだ 「なぜそれを早く言わぁーーーーーーん!!」 「気が付いた時は特に異常は無かったものですから…」 だがオスマンは奇妙な違和感に気付く。 「ミスタ・コルベール…髪……いや何でもないぞい…」 視線をコルベールから反らし唯でさえ少なかった毛髪がさらに減少している事に目を押さえ泣く。 「じゃが、どうしたもんかのぉ…」 平民がメイジを殺す、普通の状況なら即刻死刑というとこであるが、決闘という場合は前例が無い。故に対処が分からない。 「…ともかく話だけでも聞いておかねばならんようじゃな その使い魔とやらを呼んできてくれんか。それとミス・ヴァリエールもじゃぞ」 「ミス・ヴァリエールは決闘の最中に気を失ってしまい医務室で治療中です」 「なら無理に呼ぶわけにもいかんようじゃの…ともかくその使い魔だけでも来るように伝えておいてくれんか」 暗い闇の中でワルキューレに囲まれたあいつが居た。 自分はそれを止めようとして必死にそこに向け走る。でも距離が縮まらない。 ワルキューレが武器を構え動きだし叫ぼうとする。でも声が出ない。 それぞれの武器が振り下ろされるのを見た。その光景に思わず目を閉じた。 しばらくして目を開ける、ワルキューレ達はどこにも居ない。 でも、私の足元にあいつがボロ雑巾のようになって倒れていた。 決闘をすると知っていても何もできなかった。何もできなかった自分に無性に腹が立って泣きたくなった。 自分が殺したようなものだ。そう思った。 だけど、自分の手に杖が握られているのに気付く。 勇気を出して恐る恐るあいつの体を見る。 あいつの体はワルキューレの持っていた武器で傷つけられたものじゃなかった。 これは、爆発を受けた傷だった。さっきまでワルキューレに囲まれていたはずなのにそれが不思議に思えた。 杖を手に持っていてあいつが爆発を受けて倒れている。そう思った瞬間何かが繋がった。 まさかと思った。あいつを助けようとして自分の魔法が失敗したせいで殺したんじゃないかと。 必死になってそれを否定する。でも状況がそれを肯定していた。 自分の頭の中で様々な声が聞こえる。だけど聞こえる内容は一つだけだった。 『お前が『ゼロ』のせいであいつを殺した』―と 蹲り耳を押さえそれを否定する。けれど頭の中の声は消えなかった。 泣きそうになるのを必死になって耐えた。でも無理だった。 ――――そして泣きに泣いてる最中急に意識が遠くなった。 目を開けると医務室の天井が見えた。 (…………夢?) 周りを見る。キュルケとその親友のタバサがそこに居た。 「やっと起きたの?寝ながら泣いてたわよ貴方」 そういえばさっきから少し目が痛い。 「私…どのぐらいここに?」 「丸一日」 状況が今一掴めない。何故自分がここに居るのかという事も。 夢の内容を思い出そうとして肝心の事に気付く。 「そうだ…決闘!一体どうなったの?」 そう聞くと、キュルケが何か言いにくそうに答え始めた。 「落ち着いて聞きなさいルイズ。あまり言いたくないんだけど…」 だがタバサが途中から口を挟む 「死亡確認」 『ザ・ワールド!』 そんな声と共に何も考えれなくなった。 さっき見た夢の内容と現実との状況が重なる。 また意識が遠のくけどギリギリのとこで踏みとどまる。 気が付けば医務室を飛び出し自分の部屋に走り出していた。 部屋に飛び込み視点が一点に集中する。 ベッドの上にあいつの服が洗濯され置いてあった。 その瞬間あいつを自分が殺したという実感が沸いてきて―また泣いた。 ベッドに倒れ込み服の上で泣く。 だがそこに後ろから声が掛かる 「…人の服の上で何やってんだオメーは?」 泣き顔のまま後ろを振り向き…一瞬にして涙が止まる。 そこには教員の服を着たプロシュートが居たッ! 「………何時から見てたの?」 「部屋に入ってくるなりいきなり泣きはじめたとこからだ。つーかシワになるからどけ」 「…この服と今着てる服は一体何よ?」 「こっちに来てからそればかりなんでな ついでに洗濯したとこだ。この服は乾くまでの代わりだ。」 スーツを着るプロシュートを尻目にルイズが無言で部屋を出る。 そして部屋に来る時以上の速度で医務室に走り出し、ドアを勢いよく開ける。 「急に飛び出してどこ行ってたのよ」 キュルケが半ば呆れ気味に言い放つ。だが当のルイズはそれを無視しタバサに詰め寄る。 「謀ったわねタバサ!何が『死亡確認』よ! 生きてるじゃない!思いっきり生きてるじゃない!!何?何か私に恨みでもあった!?」 もうキュルケの髪より顔を赤くしたルイズに詰め寄られるタバサだったが何事も無かったかのように一言だけ言い返す。 「最後まで話聞かないのが悪い」 「うぐ……じゃあ何で『死亡確認』なのよ」 「だから、ほら…ギーシュがね」 『スタープラチナ・ザ・ワールド!』 またそんな声が聞こえた気がして思考が止まる。 「えぇーーーーーーーーーーーー!?」 だが、今度は気付けば思いっきり叫んでいた。 ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/298.html
シエスタに案内してもらった先は食堂の裏にある厨房だった。 中に入ってみるとコックやメイドが忙しげに働いていた。その姿自体は地球のそれと大差は無かった。 厨房の隅の椅子に座らせてもらい、 (魔法で金属は作れても料理までは出来ないのか。魔法とは言え、万能とはいかないのか…) と思っているとシエスタがシチューを持って来てくれた。 「貴族の方々にお出しする料理の余り物で作ったシチューですが…」 「いや、すまない。恩に着る。」 「いえいえ、困ったときはお互い様です。」 ポルナレフはこの世界に来て初めて他人から優しくされ、何年ぶりかの精神的、身体的安らぎを感じた。 冷めない内に、と言われたのでスプーンを取り一口食べてみる。 「…懐かしいな…」 「どうかしましたか?」 「いや、ただこのシチューの味がお袋が昔、作ってくれたのと同じ気がしてな…本当に美味しいよ。」 「そうでしたか。お腹が空いたら何時でもいらして下さい。 私達の食べているものでよかったら、お出ししますから。」 …この時、ポルナレフは心の内の半分しか話さなかった。 彼にとって食事自体が懐かしかったのだ。 しかし、まさか「死んでた」などと言っても信じられまいと思ったので黙っておくことにしたのだ。 「ポルナレフさんは先程ご飯抜きにされたと言ってましたが何をなされたんですか?」 「うん…まあ私が悪いような気もするのだが…しかし半分は違う気もする。朝にちょいと揉め事があってな。授業後にもな」 ポルナレフが一部始終を語ると 「あはは、やっぱり半分は貴方のせいじゃないですか」 とシエスタは笑った。 その笑顔をまともに見れずポルナレフは辛そうに顔を背けた。 「さて、では約束通り何か手伝おうか。」 食べ終わると立ち上がってそう言った 「あ、別に気にしなくて構いませんよ。ゆっくりしていてください。」 「いやいや、これからも当分世話になるんだ。一方的に世話になってたんじゃ私の誇りに傷がつく。」 シエスタは遠慮がちに 「それじゃあ、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな。」 ケーキの並んだトレイをポルナレフが持ち、シエスタがひとつひとつ貴族に配っていく。(亀は厨房に残してきた。) 「あれ?あんな給仕いたっけ?」 「新入りだろ。多分」 「変な髪型だな」 (何で亀がいないと俺は使い魔だと気付かれないんだ?そんなに亀が好きか貴様等…。) そんなことを考えているとふと金色の巻き髪に造花の薔薇をフリルのついたシャツのポケットに挿したキザな少年が友人達と何か喋っているのが目に入った。 「なあ、ギーシュ!お前、今は誰とつき合っているんだよ!」 「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」 「つき合う?僕にはそのような特定の女性はいないのだ。 薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね。」 それを見てポルナレフは若き日の自分を思い出した。 ああ、自分があいつぐらいの頃はなあ、と思い出に浸っていると、 ギーシュと呼ばれた少年のポケットから何かの液体が入ったガラスの瓶が落ちたのにシエスタが気付き、 ポルナレフを待たせて取りに行った。 しばらくすると茶色のマントを着た女子生徒が近寄って行き、平手打ちした後、 今度はまた別の女子生徒が近寄るなりワインを頭からかけた。 あーあ、可哀相にと同情していると少年は立ち上がり怒りにわなわなと震え、シエスタに何か叱り付けた。 シエスタが異常に怯えているので気になり、トレイを近くのテーブルに置き、騒ぎの方へ向かった。 「一体どうしたんだ?シエスタ。」 「あ…ポ、ポルナレフさ…」 「なんだい君は!?無関係ならどきたまえ。」 やたら高慢な態度に出るのでムッとして 「やれやれ、これで三人目だぞ。女の子を泣かすのが趣味なのか?小僧。」 と返した。 「何だと…!」 「さっきの娘達も泣いてたぞ。 何だっけな?『薔薇は多くの人を楽しませるために咲く』だったか? ありゃ嘘だな。『薔薇は多くの人を泣かせるために刺がある』が正解だ。」 周りにいるギャラリーがドッと笑った。 「その通りだッ!」 「もう何人も泣かしてるしな!」 そんなギャラリーを睨みつけ、ギーシュは言った。 「貴様…!平民なら平民らしく貴族に話を合わせれば良かったんだ! だからそいつに罰を与えようとしたんだ!」 ポルナレフはもう呆れ果て、こいつはただの上っ面から出た馬鹿だな、と思った。 「俺だって恋は富や名声なんかよりずっと大切だと思う。 だが、二股はいかん。全てを失うし、最も女性に失礼かつ嫌われる行為だ。 それを責任転嫁するのはもっと下劣だ。 今回のことを教訓にして新しい恋をするんだな。小僧。」 と言い捨て、後ろを向くとシエスタを促し、さっさと仕事に戻ろうとした。 「どうやら君は貴族に対する礼を知らないらしいな。」 振り向くとギーシュは杖を握りしめ、こっちを睨んでいた。 「知らんな。ただ、貴様より女性に対する礼は知っているつもりだが?」 またギャラリーがドッと笑った。 「良かろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ。」 「後にしてくれ。貴様なんかよりこっちの仕事の方がずっと大切だ。」 と言い、仕事に戻ろうとした。が、 「おのれ!また侮辱するかッ!この腑抜けが!」 ギーシュが放った言葉にポルナレフの動きはピタッと止まった。 「小僧…貴様…死んでも知らんぞ…?」 ポルナレフは明らかにキレていた。 久しぶりに自分の誇りを侮辱されたのだ。しかも女性を泣かした下劣なこの馬鹿にだ。 「それでいい…」 ギーシュはニヤリと笑うとくるりと背を向け、キザったらしく 「ヴェストリ広場で待っている。ケーキを配り終わったら来たまえ」 と言って友達を連れ立ち去って行った。 ポルナレフはヴェストリ広場の場所をシエスタに聞こうとして、 彼女の顔が強張っているのに気がついた。 「あ、あなた、殺されちゃう……。貴族を本当に怒らせたら……」 と言い残し逃げてしまった。入れ代わりにルイズが近寄ってきた。 「あんた、何勝手に決闘の約束なんかしてんのよ!」 「まあ、そうなってしまったようだな。」 「あんた、謝っちゃいなさいよ。今ならまだ許してくれるかもしれないわ。」 「嫌だな。仮に謝ったところであいつは許さんだろう。俺だったらそうだからな。」 「分からず屋ね。絶対に勝てないし、あんたは怪我するわ。いいえ、怪我ですんだら良い方よ!」 「そんなこと、元の世界じゃしょっちゅうだったが、最後まで死ななかったから大丈夫だ。」 というとポルナレフは厨房の方へと歩いていった。 『ある物』取りに行くために…。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1465.html
ゼロの茨 1本目 ゼロの茨 2本目 ゼロの茨 3本目 ゼロの茨 4本目 ゼロの茨 5本目
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1499.html
木造の粗末なベッドに椅子とテーブルが一組、他に眼に付くものは壁に掛けられたタペストリーのみ。その質素な部屋が、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーの居室であった。 部屋の主は椅子に腰掛けると、机の抽斗を開いた。そこにはたった一つ、宝石が散りばめられた小箱が入っている。先端に小さな鍵の付いたネックレスを首から外すと、彼はそれを小箱の鍵穴に差し込んだ。 開いた蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。 ルイズとワルド、それにギアッチョがその箱を覗き込んでいることに気付いて、ウェールズははにかむように笑った。 「宝箱でね」 小箱の中に入っていた手紙を、ウェールズはそっと取り出す。それこそがアンリエッタの手紙であるらしかった。愛しそうに手紙に口づけた後、ウェールズは便箋を引き出してゆっくりと読み始める。 何度もそうやって読まれたらしいそれは、既にボロボロだった。 「これが姫から頂いた手紙だ」 ウェールズはゆっくりと手紙を読み返すと、ルイズにそれを手渡して 「確かに返却したよ」と言った。深く頭を下げて、ルイズは手紙を押し頂く。 「ありがとうございます、殿下」 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。 それに乗って、トリステインに帰るといい」 しかしウェールズから告げられた任務終了の言葉にも、ルイズは安堵の顔を見せない。それどころか、彼女の表情は悲しげにすら見える。 少しの間彼女はじっと手紙を見詰めていたが、やがて決心したように口を開いた。 「……あの、殿下 申し上げにくいのですが……その」 「言ってごらん」 「……王軍に勝ち目は、ないのでしょうか」 躊躇うように問うルイズに、ウェールズはあっさり答える。 「ああ、ないよ」 「我が軍は総勢三百、敵は五万だ 万に一つの可能性も有り得ないさ 我々に出来ることは、王家の誇りを最期の一瞬まで彼奴らに刻み込むこと――それだけだ」 幾分おどけたような口調でそう言うウェールズの眼に、しかし冗談の色は含まれていなかった。ルイズは俯いて口を開く。 「……殿下も、討ち死になさるおつもりなのですか?」 「当然さ 私は真っ先に死ぬつもりだよ」 愕然とした顔をするルイズの横で、ワルドはただ黙って眼を閉じている。 そしてギアッチョもまた、黙してウェールズを見つめていた。しかし眼鏡のレンズに阻まれて、彼の表情を読み取ることは出来ない。 「……殿下、失礼をお許しくださいませ 恐れながら、申し上げたいことが ございます」 「なんだね?」 「この、只今お預かりした手紙の内容 これは――」 「ルイズ」 ワルドがルイズの肩をそっと掴んでたしなめる。しかしルイズは、キッと顔を上げてウェールズを見つめた。 「わたくしがこの任務を仰せつかった折の姫様の御様子、尋常なものでは ございませんでした まるで……まるで恋人を案じるような…… それに先ほどの小箱に描かれた姫様の肖像画や、姫様のお話をなされる時の殿下の物憂げなお顔……もしや、姫様と殿下は――」 「恋仲であった、と言いたいのかな」 微笑むウェールズに、ルイズは頷いた。 「……とんだご無礼をお許しくださいませ しかし、そうであるならばこの 手紙の内容は……」 「……そう、恋文だよ ゲルマニアにこれが渡っては不味いというのは、つまりそういうことさ 何せ、彼女は始祖ブリミルの名において永久の愛を私に誓ってしまっているのだからね これが白日に晒されれば、無論ゲルマニアとの同盟は相成らぬ トリステインはただ一国にて、貴族派共と杖を交えねばならなくなるだろう」 「……殿下、僭越ながらお願い申し上げます どうか、我が国へ亡命なされませ!」 ルイズは今にも叫びだしそうな勢いで言うが、ウェールズは笑って取り合わない。 「それは出来ないよ」 「殿下、姫様のことを愛しておられるのならば、どうか、どうかお聞き入れ下さいませ!幼少のみぎり、わたくしは畏れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました 姫様のご気性、わたくしはよく存じております!王宮の中にあって、姫様はとても純粋な方でございます 殿下の戦死を、あの方はきっと納得出来ませぬ。 先にお渡しした手紙にも、姫様は恐らくあなた様に亡命をお勧めになっているのでございましょう?いえ、わたくしには分かりますわ。亡命を受け入れず叛徒の手にかかって死んでしまわれたなどと、わたくしは一体どのような顔で姫様にお伝えすればよいのでしょうかそんなことを聞けば、姫様のお心はきっと張り裂けてしまいますわ! 殿下、お願いでございます!姫様の為に、どうか、どうか我が国へ!」 ルイズの心からの嘆願に、ウェールズは一瞬苦しげな顔を見せたが、しかしすぐに首を振ってそれを打ち消した。 「……本当に、君は彼女のことをよく知っているようだね そうさ、その通りだ。この手紙の末尾には私の亡命を勧める一文がしたためられている。……だが、私は亡命するわけにはいかない。絶対にだ」 「何故……!」 「私がトリステインへ亡命などすれば、叛徒共はそれを口実にすぐトリステインへ攻め込んで来るさ。奴ら――『レコンキスタ』の目的はハルケギニアの統一と『聖地』の奪還だそうだ まさか出来るなどとは思わないが。 それに私がここで逃げなどすれば、我がアルビオン王家の為に命を投げ打ってくれる三百人に一体どう詫びればいい? 我々はせめて最期の一瞬まで勇猛に戦って、ハルケギニアの王家は決して劣弱などではないことを知らしめなければならぬ それが、没する王家の最期の義務であり責任なのだ」 「……殿下……!」 「もうやめるんだルイズ 君の気持ちは殿下にも痛い程伝わっているさ だが殿下のお覚悟も理解しなければいけないよ」 そう言ってワルドはルイズの肩を抱く。彼女はそれでようやく諦めたようだった。悄然として俯くルイズの頭を優しげに撫でて、ウェールズは口を開く。 「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢 正直で、まっすぐだ とてもいい眼をしている」 にこりと魅力的に微笑んで、ウェールズはルイズの眼を覗き込んだ。 「そのように正直では、大使は務まらないよ しっかりしなさい ……しかし、亡国への大使としては適任かも知れないな 明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね 名誉と矜持、これ以外に守るものなど何もないのだから」 そう言って、彼は己の顔を隠すように机の上に眼を落とした。そこには水の張られた盆が置かれている。水に浮かんでいる針は、微動だにせず一点を指していた。どうやら、これが時計であるらしい。 「……そろそろパーティーの時間だな。君達は我が王国最後の客人だ。是非とも出席していただきたい」 やがて上げられた彼の顔に、物憂げな様子は見られなかった。 ルイズはそれに応えるように、出来る限りの笑顔を作って一礼する。 「……ありがとうございます 喜んで出席させていただきますわ」 「光栄至極に存じます」 同じく一礼すると、ワルドは先頭に立って部屋を退出した。後に続こうとして、ルイズはギアッチョに顔を向ける。 「ほら、ギアッチョ行くわよ」 「先に行ってろ オレはまだ用がある」 「……は?ちょっ、何言ってるのよ!」 ルイズは焦ったような声を上げる。ギアッチョを一人にすれば一体どんな事態になるか解らない。しかしウェールズは微笑んでルイズを制した。 「私は構わないよ ラ・ヴァリエール嬢、先に行っていなさい」 ルイズは困ったように二人を見比べていたが、ギアッチョの眼に退かない光を感じて、諦めたように首を振った。 「変なことしたら許さないんだからね!」と何度も怒鳴るように念押しして、それでもどこか心配そうな顔をしながらルイズは退出した。 ぱたんと扉が閉まるのを確認して、ギアッチョはウェールズに視線を移す。何を言うでもなく、頭をがしがしと掻いてギアッチョはただウェールズを見つめて――否、観察している。 ウェールズもまた、ギアッチョを眺めて彼の言葉を待ったが、ギアッチョはなかなか用件を言い出そうとしない。少し困ったような顔をして、ウェールズはギアッチョに話しかけた。 「……人の使い魔とは珍しい トリステインとは変わった国であるようだね」 「…………トリステインでも珍しいらしいがな」 ギアッチョのぶっきらぼうな口調にウェールズは驚いたような顔になるが、それも一瞬のことだった。すぐにいつもの顔に戻ると、ウェールズはギアッチョに問い掛ける。 「……それで、私に一体何の用かな?子爵と同じ用件だとは思えないが」 それを聞いて、ギアッチョはずいとウェールズの前に進み出た。 ウェールズの蒼い瞳を覗き込むと、彼はようやく話を始めた。 「最初に言っとくが……オレは遥か彼方の世界から来た トリステインやアルビオンの礼儀作法なんざ知らねーし、迂遠な会話で曖昧に濁すつもりもねえ。答えてもらうぜウェールズ・テューダー はっきりとよォォ」 鬼のような眼差しでウェールズを睨んで、ギアッチョは続ける。 「てめーは何の為に死ぬ?聞けば敵は五万だそうじゃあねーか こんなもんは戦争じゃあねえ 一方的な虐殺だろうが」 ギアッチョの言葉に、ウェールズの顔はもう驚愕も不快も表さなかった。 「確かにその通りだ 恐らくは――いや、明日は確実にそうなることだろうね 何の為にか……理由は一つではないが、先ほども言った通り我々は最後まで戦って王家の誇りを示さねばならぬ 奴らの目的が現実のものとなってしまわぬようにだ」 ウェールズはうろたえることなく言い放った。 ウェールズの言葉を、ギアッチョはハッと鼻で笑い飛ばす。 「馬鹿も休み休み言えよ王子様。てめーは使命感に酔ってるだけだ。 誇りを示す?てめーらが総員討ち死にしたところで何も変わりゃあしねーぜ。 それとも何か?この世界にゃあ五万に三百で立ち向かって玉砕した人間を『間抜け』と思わない奴らが山ほど居るってわけか?」 「ああ、それも確かに君の言う通りかも知れないさ。だが我らの意志を誰か一人でも受け継いでくれる可能性があるのならば、私達はどうしてそれに賭けずにいられようか! 遥か異郷から来たという君には分からないかもしれないが、奴ら貴族派――『レコンキスタ』が本当に『聖地』奪還などに動き出せば、数限りない死者が出る。 それを阻止する為には、我々王家は決して奴らに屈してはならないんだ」 ウェールズの毅然とした反論を聞いて、ギアッチョは苛だった顔を見せる。 「……下らねぇな それなら他にいくらでもやりようはあるだろうが。てめーらは自分の国が裏切り者に渡るのを見ずに死にてーだけじゃあねーのか?ええ?オイ。 戦争って名を借りて自殺するってェわけだ。自尊心も満たせりゃ誇りも示せるからなァァァ」 「それは違うッ!!」 ウェールズはついに怒鳴った。握り締めた拳はぶるぶると震えている。 「我々の覚悟を侮辱しないでもらおう!我々はただ死ぬ為に死ぬのではない……死にに行くのでもない!希望を明日へと繋ぐ為に、『戦いに』行くのだ!!」 ドガンッ!! 「ぐッ……!」 壁を殴るような音が、部屋中に響き渡った。ウェールズは首根っこを掴まれて、他ならぬギアッチョの手によって壁に叩きつけられていた。 ウェールズを壁に押し付けたまま、ギアッチョは静かに口を開く。 「そんなに死にてーならよォォォーー 今ここで死ね」 ビキビキと音を立てて、ウェールズの首が凍り始める。ウェールズは驚愕に眼を見開いて呻いた。 「……な……んだ……これは…………!」 「動くんじゃあねーぜ王子様 そうすりゃあ楽に死ねるからよォォー」 「ッ……君は……何者なんだ……」 肺腑から細く息を吐き出すウェールズを死神も震え上がらんばかりの凶眼で見つめて、ギアッチョはつまらなさそうに口を開く。 「さてな……魔人だと言ったらてめーは信じるか?」 「何……?」 「だがオレは慈悲深い てめーを送った後はお仲間もしっかりそっちに届けてやるぜ この城を丸ごと氷の棺にでもしてな……」 それを聞いた途端、ウェールズの右手が跳ねるように動いた。一瞬で懐から杖を引き抜くと、素早く呪文を唱えてギアッチョに空気の塊を打ち放った。 「チッ……!」 今度はギアッチョが壁に叩きつけられる番だった。ギアッチョを引き離したことを確認して、ウェールズはぜいぜいと肩で息をしながらも油断なく杖を構える。 「ふざけるな……!私達は何としてでも明日まで生き延びるッ! それを阻むと言うのであれば、ギアッチョ!例えラ・ヴァリエール嬢の使い魔であろうと私は君を容赦しない!」 言うが早いかウェールズは立て続けに呪文を詠唱する。ギアッチョが弾かれたようにウェールズへ走り出すのと、ウェールズの呪文が完成するのは同時だった。ウェールズの杖から突如巻き起こった烈風は三枚の不可視の刃となってギアッチョに襲い掛かるが、 「ホワイト・アルバム!」 ギアッチョを切断するかと思われた瞬間、三つの刃は小さな銀の粉塵と化して砕け消えた。 「なッ――!?」 驚愕の声を上げるウェールズに、ギアッチョは寸毫待たず肉薄する。 ギアッチョはそのまま左の裏拳でウェールズの杖を殴り飛ばす。同時に右手でウェールズの頭を容赦なく掴むと、 ドグシャアァアッ!! 思いっきり床に叩きつけた。 「が……ッ!!」 「終わりだ」 機械的にギアッチョはそう宣告するが、 「うぉぉおおぉおッ!!」 ウェールズは諦めなかった。両の拳でもがきながらギアッチョに殴りかかり、何とか彼から逃れようとする。しかし所詮はメイジの細腕、百戦錬磨のギアッチョに敵う道理などあろうはずもなかった。 「……ぐッ……くそッ……!離れろッ……!!」 片手で拳を捌かれ続けても、彼は諦めない。荒い呼吸を繰り返しながらも攻撃を止めないウェールズを感情の読めない眼で見遣って、ギアッチョはパッと、攻撃を防いでいた左手を上げた。 バギャアア!! 「……ッ」 「なッ!?」 ギアッチョはウェールズの拳をモロに顔面で喰らい――否、受け止めた。いくら疲弊したメイジの拳とはいえ、思いっきり顔に受ければかなりのダメージがあるはずだった。しかしギアッチョは痛がる素振り一つ見せずにウェールズを睨む。次いで頭を掴んでいた右手を離すと、彼は両手を上げて立ち上がった。 「……やれやれ、悪かったな王子様よォォ オレの負けだ」 「……何だって……?」 ウェールズは魂が抜け落ちたような顔で言う。彼を引き起こしながら、ギアッチョはがしがしと頭を掻いた。 「とっとと諦めるか……さもなきゃあ命乞いでもするかと思ったんだがな。 てめーの『覚悟』は本物だったらしい 疑って悪かった……っつーところだ」 「……演技だったってわけかい……」 ウェールズははぁと溜息をついて椅子に滑り落ちた。 「そういうわけだ オレは慈悲深くも何ともねーからな。そんなに死にてーなら好き放題に死ね」 その言葉にウェールズはぽかんとしていたが、やがて堰を切ったように笑い出した。 「あっははははははは!そんな言葉を言われて安心したのは生まれて初めてだよ! 全くラ・ヴァリエール嬢は珍しい使い魔を召喚したものだ!」 おかしくてたまらないという風に笑い転げるウェールズに背を向けて、ギアッチョは扉へと歩き出す。 「話はこれだけだ ……あの姫さんにゃあオレからよろしく言っといて やるぜ」 そう言って扉に手を掛けたギアッチョに、後ろから「待ちたまえ」という声が掛かる。肩越しに振り向くと、笑いを収めたウェールズがギアッチョを見つめていた。 「……ならば私からも、一つ質問させてもらおう」 「……何だ」 「外つ国の住人である君は、何故私にこんなことをする?君が我らを気にかける理由がどこにあるのか、差し支えなければ教えて欲しいのだが」 ギアッチョは何も答えず扉に顔を戻す。その格好のまま、数瞬の沈黙を越えて彼は口を開いた。 「『覚悟』のねー野郎がさも世を悟り切ったかのような顔で生きてやがるのが気に食わねーからだ」 ウェールズは何も言わずにギアッチョを見つめ続ける。 まるでそんな答えには納得しないと言うかのように。 部屋を再び沈黙が包み――観念したのか、ギアッチョは溜息をついて頭を掻いた。 「…………と、思ってたんだがな……」 感化されたのかもしれねーな、と彼は独白するように言う。 「……感化?あの優しい少女にかい?」 「…………そうかもな あの真っ直ぐ過ぎるクソガキ――いや、クソガキ共か…… 全くオレもヤキが回ったもんだ」 不満げに舌打ちするギアッチョの後姿を眺めて、ウェールズは微笑む。彼は落ち着き払った仕草ですっと立ち上がると、顔を背けたままのギアッチョに近づいた。 「……私は君という人間をよく知らない ましてや、昔の君のことなど全く分からない……しかし言わせて欲しい」 ウェールズにとって、ギアッチョは彼の「覚悟」を今、恐らく最も曇りなく理解している人間だった。 ウェールズは微笑んだまま、太陽のような、しかしその中に峻厳たる誠実さを含んだ口調で言った。 「……今の君に、ありがとうと」 ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、乱暴に扉を開けながら返す。 「とんだお人よしだな……てめーはよ」 その言葉と共に、ギアッチョは廊下へ歩き去った。 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/71.html
ゼロの兄貴-1 ゼロの兄貴-2 ゼロの兄貴-3 ゼロの兄貴-4 ゼロの兄貴-5 ゼロの兄貴-6 ゼロの兄貴-7 ゼロの兄貴-8 ゼロの兄貴-9 ゼロの兄貴-10 ゼロの兄貴-11 ゼロの兄貴-12 ゼロの兄貴-13 ゼロの兄貴-14 ゼロの兄貴-15 ゼロの兄貴-16 ゼロの兄貴-17 ゼロの兄貴-18 ゼロの兄貴-19 ゼロの兄貴-20 ゼロの兄貴-21 ゼロの兄貴-22 ゼロの兄貴-23 ゼロの兄貴-24 ゼロの兄貴-25 ゼロの兄貴-26 ゼロの兄貴-27 ゼロの兄貴-28 ゼロの兄貴-29 ゼロの兄貴-30 ゼロの兄貴-31 ゼロの兄貴-32 ゼロの兄貴-33 ゼロの兄貴-34 ゼロの兄貴-35 ゼロの兄貴-36 ゼロの兄貴-37 ゼロの兄貴-38 ゼロの兄貴-39 ゼロの兄貴-40 ゼロの兄貴-41 前編 ゼロの兄貴-41 後編 ゼロの兄貴-42 ゼロの兄貴-43 ゼロの兄貴-44 ゼロの兄貴-45 ゼロの兄貴-46 ゼロの兄貴-47 前編 ゼロの兄貴-47 後編 ゼロの兄貴-48 ゼロの兄貴-49 ゼロの兄貴-50 ゼロの兄貴-51 前編 ゼロの兄貴-51 後編 ゼロの兄貴-52 ゼロの兄貴-53 ゼロの兄貴-54
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/374.html
愚者(ゼロ)の使い魔-1 愚者(ゼロ)の使い魔-2 愚者(ゼロ)の使い魔-3 愚者(ゼロ)の使い魔-4 愚者(ゼロ)の使い魔-5 愚者(ゼロ)の使い魔-6 愚者(ゼロ)の使い魔-7 愚者(ゼロ)の使い魔-8 愚者(ゼロ)の使い魔-9 愚者(ゼロ)の使い魔-10 愚者(ゼロ)の使い魔-11 愚者(ゼロ)の使い魔-12 愚者(ゼロ)の使い魔-13 愚者(ゼロ)の使い魔-14 愚者(ゼロ)の使い魔外伝 愚者(ゼロ)の使い魔-15 愚者(ゼロ)の使い魔-16 愚者(ゼロ)の使い魔-17 愚者(ゼロ)の使い魔-18 愚者(ゼロ)の使い魔-19 愚者(ゼロ)の使い魔-20
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2215.html
ゼロと使い魔の書 第四話 朝焼けが琢馬の頬をぬらした。 静かな洗い場に着くと、洗濯を始めた。洗剤などの道具は何一つとしてないが、水洗いである程度汚れは落ちる。 しばらくの間、水の流れる音だけが響く。春といってもまだ水が冷たい。 下着が洗い終わったところで、不思議な鳴き声が聞こえてきた。 顔を上げると、校舎のほうで青緑色の竜が部屋を覗き込むような姿勢で上空を羽ばたいていた。 革表紙の本で調べるまでもない。あれも誰かの使い魔なのだろう。 そんなつもりではなかったが、つい習慣で唇の動きを読んでしまう。 「お・ね・え・さ・ま・だ・い・じょ・う・ぶ・な・の・ね……?」 もし、人語を話しているのだとすれば、そう言っているはずだった。言ってる内容には興味がなかったが、人の言葉を解するのだとすればもしかすると The Bookの記述が読めるかもしれない。機会を狙って試してみよう。 「あら、あなたは……」 振り返ると、昨日のメイド姿の少女が少し驚いたような顔で立っていた。干してある洗濯物を取りに来たのだろう。 「ああ、すまない。使わせてもらってる」 「いえいえ、構いませんよ。どうぞご自由にお使いください」 どことなく東洋人を思わせる顔立ちの少女は、軽く会釈すると干してある洗濯物を取り込み始めた。 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 少女は慣れた手つきで仕事をこなしながら、話しかけてきた。 「よく知ってるな」 「ええ、なんでも、召還の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますわ。それにしても……洗濯、お上手ですね」 予想していなかった言葉に、少し手を止める。 「別に大した事じゃない。こんなものは一人暮らしすれば嫌でも慣れる。この環境にも早く慣れたいものさ」 洗濯の手際をほめられるとは思っていなかった。これが当たり前だったからだ。 やはり、自分は孤独が板につく。友人のプレゼントを自分の復讐のために投げつけるような人間なのだ。 「あの、差し出がましいかもしれませんが、もし分からないことがあれば私に聞いてください。私、シエスタと申します」 提案の意図を測りかねた。社交辞令で申し出ているのではないのは顔を見れば分かった。 「ありがたいが、なぜ俺にそこまでしてくれる?俺は使用人どころかただの使い魔なんだぜ?」 「どちらも同じ平民ですから、困ったときはお互い様ですよ」 シエスタは微笑んだ。野に咲く花のような屈託のない笑顔である。 「普段は厨房にいますので。それではお先に失礼しますね」 「ああ」 面倒だったので残り半分以下になった洗濯物に視線を固定しながら答えた。それでも向こうは気を害することなく足早に遠ざかっていった。 少女の気配が完全に消え、仕事を片付けた後、先ほどの会話を思い出す。 「こっちは名乗っていなかった、か」 なぜそんなことが気になるのか分からなかったが、奇妙な罪悪感が沸いてきた。革表紙の本を取り出し、たった今抱いた感情を読み返してみる。 自分のことのはずなのに、なぜか説明のつかない、不思議で不可解な気分であった。 後で厨房に訪れる事にして、とりあえず部屋に戻り自分の主人を起こすことにした。 「ご主人、朝だ」 薄いネグリジェに包まれたピンクの髪の少女は、まるで赤ん坊のように無垢で安心しきった寝顔を浮かべていた。自分の睡眠を邪魔するものは何もないという感じの無防備すぎる姿態である。 「ご主人、朝だ」 耳元に口を近づけ声量も上げて再び言ったが、返事はなく呼吸音だけが返された。 部屋を見回すと立派な花瓶に一輪さしてあるのが目に入った。見た事のない派手な花だった。 それを手に取ると、ルイズの鼻の下に持っていった。 「んぅ……?」 花の芳香に気づいたルイズは覚醒した。視線が交差し、次いで手元の花に移る。 そしてどう反応していいのか分からないといった困惑した表情を浮かべると、無理に怒ったような顔をつくった。 「ふ……ふん!平民のあんたにしては気の利いた起こし方じゃない!」 「そうか、それはよかった」 少し顔を赤らめるルイズは、昨日の高慢な姿よりもずっと幼く見えた。 花瓶に戻しにいくと、ルイズはのたりのたりとネグリジェを脱いでいた。 「服、着させなさい。下着はそこのクローゼットの一番下、制服はそっちだから」 The Bookを呼び出す。 自分がまだ施設にいた頃、よく年下の子供の着替えを手伝っていた。 その時の経験を読み返し、もっとも効率のいい着せ方を考える。 「……あんた、随分手際がいいけど、弟とか妹とかいるの?」 一瞬手が止まった。脳裏に虹彩の薄い少女の顔が浮かぶ。 「……いないな。ただ昔は孤児院で生活していたから、こういうことは慣れている」 「そうなの」 それ以上ルイズは特に何もいわず、眠そうに目をこすってされるがままになっていた。 着替えが終わり、ルイズと部屋を出たところで丁度隣室の扉も開いた。 出てきたのはきつい緋色の髪をした女性であった。背も高くモデル体系で健康そうな褐色の肌だった。 その女性はルイズを見るとニヤリと笑って話しかけてきた。 「おはようルイズ」 ルイズは顔をしかめ、露骨に嫌な感情を示した。おそらくわざとだろう。 「おはようキュルケ」 「それがあなたの使い魔?ふーん本当に平民なんだ」 その表情には嘲りが含まれていた。 わざわざ名乗る必要もない。そう感じて軽く頭を下げるだけにしておいた。 「そ、そういうあんたの使い魔はなんなのよ!」 その発言は墓穴だと、ひそかに思った。案の定キュルケと呼ばれた女性はそれを狙っていたらしい。 「使い魔っていうのはこういうのを言うんじゃない?来なさい、フレイム。あたしも昨日、召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」 部屋の中から出てきたのは虎ほどもある巨大なトカゲだった。この距離でも体が熱気に包まれる。 「ほら見て!この鮮やかで大きい炎の尻尾! きっと火竜山脈のサラマンダーよ!好事家に見せたら値段つかないわよ?」 ルイズは悔しそうな表情を浮かべた。もう少し弱みを突けば泣き出してしまいそうな顔である。 主人のいさかいには興味ないのか、あらぬ方を眺めるサラマンダーを見ながら、余りよく考えずに心に思った事を口に出した。 「使い魔の実力は、値段ではかるのか?」 気温が上昇しているのにも関わらず、空気が凍ったような雰囲気に包まれた。どうやら地雷を踏んだらしい。 純粋な疑問を呟いただけだったのだが、二人とも鋭い指摘と受け取ってしまったみたいだ。 「そうよ!どうかしてるわ。いくら使い魔が立派でも主人たるメイジがそれじゃあねー。 何よりも大切なのは信頼じゃなくて?」 反撃するルイズ。はからずも役に立ったらしい。 「……さ、先に失礼するわ!」 下らない墓穴の掘りあいは、キュルケと呼ばれた女性が赤い髪をなびかせ立ち去ることによって幕を閉じた。 「少しは役に立つじゃない」 ルイズは自分を見上げながら言った。 「純粋に疑問に思っただけだ。もし本当なんだったら、平民の俺は最低ランクだろうからな」 ルイズは何か言いたそうにしていたが、結局中途半端に口を開け閉めしただけだった。 「と、とにかくついてきなさい」 歩き出すルイズの後につき従う。距離間は先ほどのキュルケとサラマンダーを参考にさせてもらった。 前ページ次ページゼロと使い魔の書
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/882.html
未だに失神しているフーケを馬車の最後尾に乗せる。勿論彼女の杖はヘシ 折ってあった。彼女の足はギアッチョが未だに凍らせてあるが、そのくるぶし から下は見るも無残に砕けている。この有様では国中のスクウェアメイジが 集っても再生は不可能だろう。その惨状にルイズ達は少しフーケを哀れに 思ったが、彼女の所業を思い出してその感情を打ち消した。フーケは、今 キュルケが抱えているこの破壊の杖の使用法を知る為だけに自分達を おびき寄せ、そして使い方など知らないと解るや否や皆殺しにしようとした のである。おまけにその後も使用方法がわかるまでおびき出して皆殺しを 繰り返そうとしていたのだから、正に悪逆無道もここに極まれりといった ところだろう。その上、本来ならギアッチョは容赦なく彼女を全身凍結し あっさり粉砕していたはずだ。オールド・オスマンから生け捕りを指示されて いたからこそ、フーケは今生きていられるのである。両足の粉砕だけで 済んだのは、むしろ僥倖というべきであろう。――もっとも、どう考えても 彼女に死刑以外の判決が下されることはないだろうが。 そういえば、とタバサとキュルケに続いて馬車に乗り込んだルイズは 思った。先ほどギアッチョが珍しく驚いたような感情を露にして破壊の杖を 見ていた気がする。あの驚きようからすると、ひょっとして破壊の杖は 彼の世界の武器なのだろうか。そう思いながらまだ馬車の外にいる ギアッチョを見ると、彼はギーシュに声をかけているところだった。 「おい、ギーシュ」 後ろからギアッチョに呼ばれてギーシュは振り返った。 「なんだい・・・って 僕の名前・・・?」 感じた違和感の正体を口に出して、彼はギアッチョを見る。 「てめーもよォォ 助かったぜ ・・・そしてよくやった」 「・・・よくやった?僕が?」 面と向かって言われているにも関わらず、あのギアッチョが本当に自分に 言っているのか信じられずにギーシュはオウム返しに尋ねた。馬車の上で それを見ていたルイズ達は、思わず身を乗り出して話を聞いている。 「てめーのおかげでシルフィードに気付き・・・そしてあそこを突破できた」 ギアッチョはそう言ってギーシュを見据える。 「てめーの「覚悟」に敬意を表するぜ ギーシュ・ド・グラモン」 ギーシュはしばし呆然としたような表情でその言葉を噛み締めていたが、 やがてスッと姿勢を正すときびすを返して馬車に乗り込むギアッチョの 背中に向けて言葉を返した。 「ギアッチョ・・・君のおかげで僕は今ここにいる 君の全ての行動、 全ての言葉に僕は心から感謝を捧げよう!」 ギアッチョは何も答えなかったが、それでよかった。ギーシュは心の中で 彼にただ敬礼していた。 今度はちゃんと自分の横に座るギアッチョに気付いて、思わず顔が緩み かけたルイズは慌てて下を向いた。が、ルイズはそれと同時にしなければ ならないことも思い出していた。 ちらりと前に眼を遣る。ルイズの対面に座ったのはギーシュだった。 ルイズは口を開くが、言葉が出てこない。自分の為に命を賭けてくれた 彼らに謝らなければいけない、そして礼を言わなければならないのに。 自分のこんな性格を、彼らは理解しているだろう。だけどそれは逃避の 理由にはならないはずだ。拳を血が出そうなほど握り締めて、ルイズが 口を開こうと―― 「礼ならいらないよ」 その言葉に、ルイズは顔を上げてギーシュを見る。 「この世のあらゆる女性を守ることが僕の使命なのさ 僕はその使命を 果たしただけ 礼も謝罪もいらないのだよ」 その相変わらずキザったらしいセリフを受けて、デルフリンガーが言葉を 継いだ。 「俺もいらねーぜ そこの坊ちゃんじゃねーが俺も同じよ 誓いを果たした だけなのさ」 ギアッチョはギーシュとデルフリンガーを交互に見ると、やれやれと言った 顔で最後を締める。 「使い魔の仕事は主人の剣となり盾となることらしいからな・・・オレは 職務を忠実に遂行しただけってわけだ」 その言葉にギーシュがニヤッと笑い、喋る魔剣は陽気に笑った。ギアッチョは そのままルイズへ首を向けて言う。 「そういうわけだ・・・ おめーは黙ってその情けない顔を何とかしな」 そう言われて、ルイズは自分がまた泣き出しそうな顔をしていたことに気付き、 「・・・・・・うん・・・」 彼らへの無数の感謝を心に仕舞い、ルイズはまた顔を下げた。 キュルケはそんな彼らを少し羨ましげに見つめていたが、ふとあることに 思い当たって声を上げた。 「・・・そういえば、皆乗ってるけど誰が運転するのかしら?」 その声に皆が顔を見合わせる。一般的に、御者というのは平民の仕事である。 馬を駆ることはあっても、馬車の運転となればそれはまた違った技術が 必要になるのだった。馬に乗ったことすら数えるほどしかないギアッチョなどは 更に論外である。馬車を捨ててシルフィードに乗るしかないだろうか、と皆が 思案していた時、 「ならばその役目、僕が引き受けようじゃないか」 ギーシュが御者に名乗りを上げた。 「なぁに、こう見えても僕はグラモン家の男、馬車の御し方ぐらい多少の心得が あるのさ」 出来るんだろうなという皆の視線に余裕の表情で答えると、ギーシュは手綱を 握った。 そういうわけで今、一行を乗せた馬車は一路トリステイン魔法学院へと 向かっている。なるほど、ギーシュは確かに馬の御し方に「多少の」心得が あるようだった。あっちへふらふらこっちへふらふら、そのうち路傍の木に ぶつかるのではないかというぐらいテクニカルな運転をしてくれる。 一度などは横転しそうなほどに車体が傾き、「いい加減にしろマンモーニッ!」 とギアッチョに怒鳴られていた。呼び名が戻ってすこぶる落ち込んでいる 様子のギーシュに哀れむような視線を送ってから、キュルケは聞きたかった ことを尋ねることにした。 「・・・ねぇギアッチョ あなたって一体何者なの?」 「ああ?」 「あなたがただの平民じゃないなんてことは誰が見ても解るわ あなたの魔法は どう見ても私達のそれとは違うし・・・あなたはたまにまるで貴族なんてものが いない場所から来たかのような振る舞いをするもの 一体あなたは何者?そして 一体どこからやって来たの?」 キュルケはギアッチョを見つめる。ギーシュは聞き耳を立て、タバサも本を 閉じて彼を注視していた。 「生徒達の間で あなたがなんて呼ばれてるか知ってる?」 「・・・しらねーな」 ギアッチョの両目を覗き込んだまま、キュルケは続けた。 「『魔人』だそうよ」 「なるほどな」とギアッチョは薄く笑う。 「得体の知れない魔法を使う異端者は、貴族でも平民でもないってわけか」 ルイズは周りを見渡す。キュルケ達の眼は、依然一瞬たりとも外れること なくギアッチョに注がれていた。ルイズは最後に隣のギアッチョに顔を向け、 彼が深く黙考していることに気付いた。 ギーシュと決闘をした時、ギアッチョはキュルケに確かにこう言った。「オレが 何者なのか話してやってもいい」と。しかしそれはあくまでさっさと方法を 見つけてイタリアに帰るつもりだったからである。リゾットがどうなったか・・・ 恐らく既に決着がついている今、そしてギアッチョ自身の心が変化を始め、 彼とその周囲との関係が変わって来た今、簡単に自分の正体をバラしても いいものだろうか、と彼は考えている。ルイズは彼に、不穏分子は粛清される 可能性があると言った。キュルケ、タバサ、そしてギーシュ・・・ギアッチョは 彼らと幾度か行動を重ねて理解していた。こいつらはきっと、いつでもルイズの 味方になってくれるだろうと。しかし情報というものはどこから漏れるか解らない。 万一自分の身に何か起これば、自分に依存してしまっているルイズはきっと打ち のめされるだろう。そこまで考えて、ギアッチョは知らず知らずのうちにルイズの 心配をしていた自分に気付いた。バカかオレは、と彼は心中で毒づいたが―― 「・・・今度 話してやる」 結局どうしていいものか判断のつかないまま、彼は答えを先延ばしにした。 キュルケ達は、しかしそれでも満足していた。「今度」話してくれるというのだ。 「今度」、たった二文字の言葉だが・・・そこには様々な意味が込められて いる。今は話せないが、自分達はそれを話すに足る人物だと。いずれ話せる 時が来るまで待っていろと。彼女達は、それで満足だった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1012.html
ルイズは学院の自室で、ベッドの上に寝ころんでいた。 トリスティンの城でアンリエッタに抱きつかれてわんわん泣かれ、ウェールズからはアルビオン王家に伝わる『風のルビー』を渡され、マザリーニ枢機卿からは王室御用達の馬車で「魔法学院視察のついでに」送ってもらい、至れり尽くせりだった。 ウェールズ皇太子を連れて帰った事で、何か怒られやしないかとビクビクしていたが、マザリーニ枢機卿は馬車の中でルイズに礼を言ってきた。 「アンリエッタ姫殿下がこの度のことでご成長なされたのは、ミス・ヴァリエールのおかげです」と。 「そそそそそんな!わわ私は迷惑をおかけするばかりで」 ルイズは緊張と驚きのあまり、どもってしまったらしい。 ルイズの希望で学院の門内まで馬車を入れず、門の前で降りることになった。 あまり目立ちたくないと思ったからだ。 まだ授業の時間中だったせいか、学院の生徒には見られなかったので、ルイズはほっと胸をなで下ろした。 不思議なことに、ルイズは騒がれなかったことに安堵していた。 以前の自分なら、キュルケほどではないにしろ、皆から注目されることを喜んだだろう。 魔法の失敗ではなく、純粋な功績を賞讃しろと言いたくもなっただろう。 だが、それがとても野暮なものに感じたのだ。 右手を挙げる。 意識を集中させると、半透明の腕が現れる。 しかしそこには何かが足りない。 自分を安心させてくれる、何かが… 「ミス・ヴァリエール」 コンコン、と扉が叩かれ、名前を呼ばれた。 ロングビルの声だ、そう言えば桟橋で助けてくれたのに、ロングビルにお礼も言ってない。 ルイズはベッドから飛び起き、慌てて扉を開けた。 「ミス・ロングビル!」 「ミス・ヴァリエール、オールド・オスマンがお呼びですわ」 「あ…報告するのすっかり忘れてた。それと、ミス・ロングビル、あの時は…」 「役目を全うしただけですわ、さ、オールド・オスマンは今か今かと待ちわびています」 ロングビルに促され、ルイズは、学院長室へと移動した。 学院長室の重厚な扉をロングビルがノックすると、扉の向こうから「入りたまえ」と聞こえる。 扉を開けると、いつもと変わらない飄々とした表情のオールド・オスマンが待ちかまえていた。 「ふむ、で、任務はバッチリじゃった訳じゃな」 オールド・オスマンがひげを撫でながら言う。 「はい、ただ…」 ルイズはウェールズ皇太子のことを報告すべきかと、一瞬悩んだが、それをオスマンが制止する。 「おっと、それ以上言わんでいいぞ、何せこれは密命じゃからな、ワシも余計なことまで知る気はない」 「ありがとうございます」 「授業に関しては補習をもうけることも出来るが…まあ、それは追って伝えようかの、とりあえず今日はもう休みなさい」 「はい」 ルイズが学院長室を退室すると、オスマンは背もたれに身体をあずけ、うーむとうなって背伸びをした。 ふとロングビルを見ると、書類を書く手を止めて、なにやら考え込んでいる。 「ミス・ロングビル、どうしたんじゃ? もしかして『せっかくアタシも手伝ったのに全部教えてくれないなんてズルイ!』なーんて拗ねとるのか?」 「もうろくも大概にして下さい、…確かにその通りですが」 「ほっほっほ、まあ予想はつくわい、ミス・ヴァリエールの指にはめられていたのはアルビオン王家の象徴、風のルビーじゃよ、彼女は大物になるかもしれんのう」 「…!」 風のルビーの話で、ロングビルの目つきが一瞬だけ鋭くなったのを、オスマンは見逃さなかった。 ルイズは部屋に戻る前に、あることを試すことにした。 ヴェストリの広場に行くと、丁度授業の終わりを告げる鐘の音が聞こえてくる。 ギーシュと決闘したこの場所で、ルイズは杖を振り上げた。 胸に去来する喪失感を埋めるように。 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ…」 任務を成功させた自分の実力を確かめるかのように。 「神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ」 自分の心を満たしてくれる存在を欲するように。 「私は心より求め、訴えるわ」 そしてこれから始まる運命に導かれるように。 「我が導きに…答えなさいッ!!」 …爆発は、起きなかった。 タバサは、空から不思議な光景を目撃した。 ガリアからシルフィードに乗って魔法学院に帰ってきたタバサは、ヴェストリの広場にいるルイズを目撃したのだ。 ルイズの隣には見慣れぬ人物が佇んでいるのを見て、タバサは首をかしげた。 キュルケは、窓の外に見えるタバサとシルフィードを見て、タバサを迎えに行こうと部屋を出た。 しかし、廊下で何人かの生徒が、ルイズのうわさ話に興じていたので、思わず聞き耳を立ててしまう。 そして話の内容を聞き、腹を抱えて笑い出した。 ギーシュは、廊下をどたばたと走り回るマリコルヌを制止していたた。 「風上のマリコルヌ!そんなに走り回っては痩せてしまうよ、…そうか、ダイエットかい?」 「ちちち、違うよ!さっき廊下から中庭を見たら、ゼロのルイズがサモン・サーヴァントを!」 それを聞いた他の生徒が、呆れたように言う。 「なあんだ、ゼロのルイズがまた失敗したのか」 「違うって!成功したんだよ!」 これにはギーシュも驚く。 「何だって!?」 周囲で聞いていた他の生徒達も驚いたが、マリコルヌは更に言葉を続けた。 「もっと驚いたのはさ、召喚されたのが………」 to be continued...? 前へ 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1962.html
戦いの決着が付いてから数秒が経って、やっとメイジ達は正気に戻った。 トリステインの魔法衛士隊の隊長を務めるスクウェアメイジが、四体の遍在を駆使してなお惨敗と言う言葉さえ生ぬるい敗北を喫したのを目撃したばかりでなく、それを成し遂げたのが杖の一つも持たないただの平民の老人であるという事実を受け止めきれない者も少なくない。 しかしそれでも、アルビオン王国有数の精鋭であるメイジ達は、一斉にジョセフへと杖を向けた。 この状況で真実が把握できない以上、騒動の中心にいた者達をまとめて捕縛するのは至極真っ当な思考であるからだ。 ジョセフもまた、それを理解しているからこそ。「うぉーい! 俺の! 俺の見せ場が!」と騒ぎ立てているデルフリンガーを取りにいく素振りすら見せず、悠然と両手を挙げているだけだった。 「夜分お騒がせして申し訳ない、ニューカッスルの皆様方よ! 事情はわしではなく、わしの主人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが説明する! すまんが誰か主人を介抱してくれんか!」 抵抗の意思はないと判断した数人のメイジが、ルイズに駆け寄り応急手当てを開始する。 ウインドブレイクで吹き飛ばされて地面を転がされたルイズだったが、気は失っているが特に重傷を負ったというわけではないようで、メイジ達の様子に切羽詰ったものがないのが見える。 ジョセフは安堵の息をついて、警戒を弱めず自分に近付くメイジ達を眺めていたその時。 「待て! 彼らの身柄は私が預かろう!」 中庭に響く凛とした声に、その場にいた全員の目がそちらに向いた。 そこに現れたのは、ウェールズ皇太子と、キュルケ、タバサ、ギーシュ達だった。 この場で最も地位の高い王子の言葉に、メイジ達にざわめきが広がる。 「お待ち下さいウェールズ様! まだどのような事情があるのか把握できておりませぬ! ここは我々が――!」 一人のメイジの言葉にも、ウェールズは平素の悠然とした笑みを崩さずに言った。 「実は少し前にここに着いていたのでね、ヴァリエール嬢が貴君らの前に立ちはだかった直後から今までを見せてもらった。あの一連の光景を見て事情を察するべきではないかな、高貴なるアルビオン王家に仕える者としては」 にこやかに言うウェールズに、部下達はそれ以上食い下がることは出来なかった。 自分に反論がないのを見届けると、纏っていたマントを翻し、高らかに宣言した。 「彼らの身柄はこのウェールズが預かる! 貴族の風上にも置けぬこの裏切り者を捕縛し、地下牢に放り込んでおけ!」 ワルドを捕らえる様部下に命じてから、ジョセフへと鷹揚に近付いていく。キュルケ達も、メイジ達の視線を受けながら三者三様の様子でウェールズの後ろを付いていく。 「いや、すごい戦いだった。君のような戦士がもう少し早くアルビオンに来てくれれば……というのは、ただの願望だね」 警戒を全く見せず、平素の表情を見せるウェールズに、ジョセフはほんの少しの苦笑を浮かべて言葉を返す。 「宜しいのですかな、殿下。私がもし殿下を狙う暗殺者であったなら、最早この時点で殿下のお命は……」 「本当に私を殺す気がある者は、私にその様な忠告などしてくれないものだ。それに御老人にはいい主人といい友人がおられる。あの爆発音が聞こえて泡を食ってここに駆けつける最中、君の三人の友人達が懸命に事情を説明してくれた。 それを信じられぬほど、私の心は曇っていないつもりだが。それにあの貴族の鑑たるヴァリエール嬢を片や傷付け、片や傷付けられ憤る。どちらに義があるか、という話だ」 「聡明な判断に舌を巻くばかりですな。多少無警戒かと思いますが、こちらとしては都合がよいことでして」 それからジョセフは、ウェールズの後ろにいる三人の友人達に、普段と変わらない笑みを見せた。 「すまんな三人とも。王子様にあの部屋にいてもらうワケにゃーいかんかったので、ちょいとウソをついちまった」 その言葉に、不服そうな顔をしたのはギーシュだけだった。キュルケはいつも通りにあっけらかんと笑ってジョセフに答える。 「いいのよ、ダーリンが何かやろうと仕組んでる時の顔くらいもう判るわ。とりあえずルイズを起こしてあげなくちゃならないんじゃない?」 ジョセフ的にはチラ見程度のつもりだったが、周囲には気になって気になって仕方ありません以外の何物でもない視線の向け様で気絶したままのルイズを見ていた。 「おう、んじゃ行って来る」 さっとルイズへ小走りに向かうとメイジ達からルイズを受け取り、緩やかに波紋を流す。 僅かな間を置いて、小さな寝息のような声を立ててルイズの目が開いた。 まだ夢に片足入れているような表情で、自分を抱いているジョセフを見上げ。何かを言おうと口を動かそうとするが、何を言っていいのか判らず、困ったような悲しい顔で、それでも何かを言おうとするルイズの頭をそっと胸に抱いた。 「いいんじゃ、いいんじゃよ。今は何も言わんでいい。わしが守ってやるからな……」 「…………!」 平素の彼女なら、貴族の誇りや意地っ張りが邪魔してジョセフの脇腹にチョップを入れて適当に悪態を付いてジョセフの腕から離れていただろう。 だが、幼い時からの憧れであり婚約者であったワルドが醜い裏切り者で、何の躊躇もなく自分を殺そうとした殺人者で。 ルイズを守護し庇護するジョセフに縋り付いて、沸き上がる感情のままに泣き出さなかったのは、せめてもの彼女のプライドだった。 しかし、使い魔のシャツがたわむくらい強くつかんで、頭を強く胸に擦り付けることで、泣き出しそうになるのを懸命に食い止めていた。 その姿を見下ろすジョセフが何の思いも抱かない訳がない。 高慢でプライドばっかり高くて小生意気な主人が、人目があるこの状況で自分に縋り付いて感情を爆発させるのを堪えている。 この引き金を引いたのはワルドだ。だがそのワルドに引き金を引かせるべく銃を渡した張本人……レコン・キスタに、ジョセフの怒りが向けられないはずはない。 ピンクのブロンドの上から子供をあやすように背中を軽く叩いてやりながら、地面に落ちたデルフリンガーに歩いていって鞘に収めると、律儀に自分達を待っていたウェールズ達の元へと歩いていく。 その僅かな歩みのうちで、ジョセフはこれからの計画を全て築き上げていた。 「それにしても」 ウェールズは普段の朗らかな笑みの中に、少なからぬ自嘲の色を滲ませて呟く。 「それにしても、レコン・キスタは……よもや誉れ高きトリステイン王国のグリフォン隊隊長まで手中に収めるとは。なるほど、これでは我がアルビオン王国もあれほどまで容易く滅びに進まされた訳だ」 重いため息をついて双月を見上げるウェールズに、ジョセフは緩く首を振った。 「向こうの手練手管に絡め取られたのは事実、じゃがこのまま手をこまねいとれば、トリステインも二の舞を踏むことは判り切っておる。幸い、まだアルビオン王国に時間は残されておる。 アルビオン王家の滅亡を止める事は最早出来んじゃろーがッ。一つ、この老いぼれの戯言を聞いてみる気はありませんかな、殿下?」 ルイズを腕に抱いたまま、帽子の下からニヤリと笑った顔をウェールズに向けた。 明日には亡くなる国とは言え、ウェールズはれっきとした王家の皇太子である。ここで平民の老人の戯言など聞く道理などない。が、アンリエッタのいるトリステインの話を持ち出されれば話は違う。 「いいだろう、スヴェルの月夜だと言うのに随分と騒がしく眠気も覚めてしまった。一つ、夜話ついでに聞かせてもらえないだろうか」 ウェールズの興味を引いた時点で、ジョセフの計画は成ったも当然だった。 口の端を不敵に吊り上げたまま、ジョセフは友人達へ視線をやった。 「それでは、わしの主人と友人達にも同席をお許し頂きたいんですが構いませんかな?」 「ああ、大歓迎だ。それでは……ホールに行くとしよう。私の部屋は客人をもてなせる部屋ではなくなったようだからね」 苦笑を浮かべるウェールズに、ジョセフはいつも通りの悪戯めいた笑みを見せる。 「宝石箱だけはわしの部屋に何故か避難しておりました。何とも不思議なことですな」 その言葉に、一瞬ウェールズのみならずルイズ達も動きを止めた。 「アっ……アンタ何してくれてるのよぉーっ!!」 腕の中から上がったキンキン声に、ジョセフも思わずのけぞった。 王子の部屋に忍び込んで殺傷能力の高い爆弾を仕掛け、ついでに宝物を拝借する平民。何の情状酌量もなく即刻手打ちになって然るべき大罪である。 しかしウェールズはたまらず笑みを零し、それから弾ける様な大きな笑い声を上げた。 「全く! 出会ってからこの方一本取られてばかりだ! しかも私の命を救い裏切り者を誅しただけでなく、私の大切なものまで守ってくれるとは!」 こみ上げる笑いを堪え切れないまま、ウェールズはルイズに向き直った。 「ミス・ヴァリエール」 「は、はい!!?」 思わず声を裏返らせてジョセフの腕の中で固まるルイズに、皇太子は愉快さを隠しもせずに言った。 「君の使い魔殿は全く以って痛快だな! 羨ましさばかりが先に立つ、大切にすべきだ!」 「言われなくてもご覧の通り、とっくにダーリンにメロメロですわよ殿下」 その様子をチェシャ猫の様な楽しがるだけの笑みで口元に手を当てるキュルケの言葉に、ルイズが毅然と反論を試みた。 「ななななな何をねねねねねね捏造ししししししてくれてるのかしら!」 「君はとりあえず落ち着くべきだ」 この騒ぎも何処吹く風で読書を続けるタバサの横で、見かねたギーシュが呆れ顔でツッコミを入れた。 そのままの賑やかさを維持したまま、つい数時間前まで華やかなパーティが行われていた大広間に到着する。パーティの片鱗すら感じさせぬほど整然と片付けられたホールは、最後の務めとなる明朝の食事を待つだけだった。 全員が一卓のロングテーブルを囲んで座ると、ジョセフは企みを含んだ楽しげな笑みを自重しようともせず、広いホールに集まったたった五人の観客をぐるりと見やった。 「さてお集まりいただいた善男善女の皆々様、少しの間老いぼれの戯言に付き合ってもらうとしますかなッ」 それからジョセフのプレゼンテーションが開始された。 最初のうちこそ、メイジ達は「愉快な使い魔の一芸」を観覧するかのような気楽さで聞いていた。 しかしジョセフの説明が進んでいくに連れ、メイジ達の両眼には誰の例外も無く驚きの色が色濃く積もっていく。 タバサでさえ本から目を離し、驚きを隠さない目でジョセフを見つめるほどだった。他の面々は、言うまでもない。 さしたる時間も経たないうちに、ジョセフは五人のメイジ達の顔にただならぬ真剣さを帯びさせる事に成功していた。 「――とまァ、大体こんな感じかの。わしの見立てではこれで明日、レコン・キスタの連中に目に物見せてやれる。ただ手は幾らあってもいいんでな、わしの敬愛する主人と友人達にも助力を願うことになるんじゃが」 そのへんどうよ、とジョセフがルイズを見れば、信じられないと雄弁に語る瞳孔の開いた両眼でジョセフを見返していた。 「……それが本当なら、私達に断る理由なんてないわ。でも信じられないわ、そんな事が本当に出来るの!?」 大きく頭を振り、ジョセフが語った言葉をもう一度頭の中で繰り返すルイズ。 「わしの住んでた国ではけっこーオーソドックスな手段でな。非常に手軽で安価で便利じゃ。効果の程はわしが保証する」 「ジョジョ! 理屈は判った、でも問題は多い! 明日の決戦……確か正午だったか、それまでに本当に準備できるというのか!?」 ギーシュもまた、荒唐無稽としか思えないジョセフの言葉を信じ切れずにいた。 「なーに、このニューカッスルには三百のメイジと三百の使い魔がおる。まー多少時間は厳しいかもしれんが、問題ない」 「……でももっと大きな問題があるわ、ダーリン」 そっと手を上げたキュルケが言葉を繋げる。 「ダーリンをよく知ってる私達でさえ、今の話を信じ切れてないわ。そんな話を、どうやって他の貴族達に信じさせるというの?」 至極尤もな言葉にも、ジョセフは想定内の質問とばかりにニヤリと笑った。 「なァ~~~~~に、そんな初歩的なコトをこのジョセフ・ジョースターが考えてないワケがないじゃろ。まーァ見ておれ、ここで一つわしがいいモンを見せてやろう。 ただそれにはちょいと杖を貸してもらわなくちゃならんのと、今すぐに国王陛下にお目通り願わなくちゃーならんがなッ。このジョセフ・ジョースターの真骨頂を是非披露したくはあるんじゃが~~~~~」 そこで一旦言葉を切り、チラ、とウェールズ達を見る。 全員今にもエサに食いつきたくて仕方がないが、果たして本当に食いつくべき代物なのか悩みに悩んでいるのが手に取るように判る。ジョセフはそこで満を持してとどめの一言を放った。 「ま、どーせ信じろって言われてもムリな話じゃし。大人しくわしらはシルフィードに乗って帰るほうが無難じゃわなー」 こくり、と唾を飲んだ音が聞こえ。次の瞬間、バネでも仕掛けられたように勢いよく立ち上がった人物に、全員の視線が集まった。 「どうせ明日までの命だ、今夜以上に痛快な光景が見られるというのなら……!」 全員……いや、ジョセフ以外の視線は、驚愕。 してやったり、と笑うジョセフに、ウェールズは意を決して笑い返した。 「アルビオン王家の王子として約束しよう、今すぐにでもアルビオン王への謁見を許すと!」 六人で使うには余りに広すぎるホールに響く、皇太子の言葉。 「グッドッ!!」 68歳とは到底思えない満面の笑みにウィンクまでつけてサムズアップし、それからルイズ達に向き直る。 「さぁ、後は杖だけじゃな! さぁさぁ、このジョセフの口車に乗ってみせる向こう見ずはどこにおるッ!」 「いいわッ! 本当なら絶対、ぜぇぇぇぇぇぇったい触っちゃいけないモノだけど! 私は、私は!」 突き出された杖は、ルイズのそれだった。 「ジョセフ……自分の使い魔の本領とやら、主人として確認しなくちゃならない義務があるわッ!!」 ジョセフに向けて揺ぎ無く杖を突き出すルイズ。 その光景に、ルイズの同級生である三人は一様に驚きに捕われた。 メイジにとって杖とは、自分の誇りを示す証と言っても過言ではない。 そんな貴族の中でもプライドが恐ろしく高いルイズが、例え自分の使い魔と言えども平民に自分の杖を渡すなどとは想像だにし得なかった。 ジョセフの手が、まるで女王から授与される勲章を受け取るかのような恭しさで杖を受け取ったのを見届けると、自分の杖に掛かっていた手を離し、キュルケは愉悦を隠さずに言い切った。 「どうやら、このスヴェルの月夜は有り得ない事ばかり起こるらしいわねっ! ここを見逃したら一生悔やんでも悔やみ切れないことだけは判ったわ!」 断言したキュルケは、有無を言わさずタバサの手を取った手を上げた。 タバサも手を上げられたまま、小さくこくりと頷く。 自分以外が異様なテンションになっているのを見たギーシュは、おろおろと全員を見渡すが、最後には迷いや恐れを振り切り、叫んだ。 「ええい、こうなったらヤケだ! 僕も乗ればいいんだろう、ジョジョ!」 「そうじゃな、そうじゃなくっちゃなァ!!」 楽しくて仕方がない、と力一杯主張する笑みのまま、椅子から立ち上がった。 「さーあ、ここからわしのオンステージになっちまうワケじゃがッ。今から起こる事ははわしの友人達だからこそ見せておきたいモンじゃからなッ。しーっかり見といてもらわなくちゃ困っちまうぞ!」 自信満々に言ってのけるジョセフは、何が起こるかは言うつもりがないらしい。蓋を開けてのお楽しみ、と言う事を察したメイジ達は、一体これから何が起こるのか、大きな期待と多少の不安を胸に抱いたまま、ジェームズ一世の寝室へと向かうことになった。 ジェームズ一世には深夜の突然の訪問は堪えるようであった。 訪問してきたのが息子でなければ断っていただろう。 魔法のランプでほのかに灯された寝室の中、やっとの思いで半身を起こしたジェームス一世のベッドの傍らに、メイジに混じってとは言え平民の老人が跪いているのは、ある意味奇跡と称して良い光景である。 「何の用じゃ、トリステインからの客人達よ」 立ち上がるだけでさえよろめくような老いた王の声は、決して雄雄しいものではない。 「用の前に一つ。面白いものをご覧に入れましょう」 す、とジョセフが立ち上がり、杖を持ったまま寝台に近付く。 微かに聞こえる奇妙な呼吸音が波紋呼吸だと理解できたのは、ルイズ達魔法学院の生徒だけであり、王と王子にはそれが呼吸の音だとはすぐに理解は出来ない。 それからジョセフの口から呪文めいた言葉が流れるが、誰もその呪文が何なのか理解できない。それもそのはず、ビートルズの「GetBack」の歌詞を口ずさんでいるだけである。 それと同時に呼吸で練り上げられた波紋はジョセフの体内を駆け巡り、薄暗い寝室に太陽を思わせる光が灯っていく。 体内に巡る波紋を少しずつ右腕に集約させ、右手に凝縮し、杖に乗せ―― 「ちょっとだけ! 深仙脈疾走!!」 ボゴァ! と迸る音と共にジェームス一世の腕に当てられた杖から凄まじい勢いで流れ込む生命エネルギー! 「お、おおおおおおおお!!?」 ジェームス一世の全身から噴き出た波紋の残滓が、寝巻きを容易く引き裂く! 「な、何を!?」 何が起こるかを説明されていない一行は、王に起こった異変に息を呑む。 しかしそれもほんの瞬間の事。波紋の光が消えた部屋の中、ジェームス一世はくたりと首を俯かせて深く息を吐いた。 「さあ陛下、お手を」 ジョセフが差し出した手に伸ばされた手は、年老いた枯れ木のような手ではなく。若々しい生気に満ちた力強い手だった。 それだけではない。破れた寝巻きの狭間から見える肉体も往年の若さを取り戻していた。 「お、おおおおお……」 王の口から漏れる声すら、パーティで見せたような老いを微塵たりとも感じさせない。 自らの身体に起こった変化が信じられないながらも、ジェームス一世はあれほど難儀していたベッドから降りるという作業を、何の苦も無く行えた。その事実に、目を見開いた。 「こ、これは如何なることだ!? 一体、何が朕に起こったというのだ!?」 誰の助けを必要ともせず、両の足だけで支えられた身体を夢幻ではないかとひっきりなしに視線を走らせる王に、ジョセフは恭しく跪いた。 「失礼ながら、王にこのジョセフ・ジョースターの操る系統の片鱗をお見せしただけに過ぎませぬ」 「系統? 朕が知る四大系統の魔法に、この様な奇跡を起こす魔法などついぞ知らぬ!」 若さと生気を取り戻した驚きと、ふつふつと滲み出す歓喜に声を知らず張り上げても咳の一つすらする事はない。 ジョセフは不敵に笑って、王を見上げる。 「魔法の四大系統は御存知の通り、火、風、水、土。しかしながら魔法にはもう一つの系統が存在します。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統。真実、根源、万物の祖となる系統」 魔法の授業で聞きかじった単語を繋げていかにもそれらしい説明を立て板に水の例えの如く並べ立てるジョセフ。 波紋の力を理解していなければ、ジョセフの口から流れてくる言葉がまるっきりの大嘘だとは誰も理解できないだろう。彼を良く知るギーシュでさえ(ジョジョはまさか本当に虚無の使い手だったのか!?)と考えるに至っていた。 まして波紋を知らないアルビオン王家の親子にとって、それを信じない訳には行かなかった。 「まさか……まさか! 零番目の系統、虚無だと言うのか!」 ジェームス一世は自らの身体に走った波紋の流れを、虚無の力だと誤解してしまった。 ジョセフは跪いたまま、ニヤリと笑って頷いてみせる。 「私はその力を、始祖ブリミルより授かりました。しかしながらこの力は軽々には見せられぬもの。ですがアルビオン王国のみならず他の王家に仇為す反逆者どもの蛮行をこれ以上見過ごす訳には行きませぬ」 いくらジョセフが奇妙な能力に事欠かないとは言えども、ジョセフの親友達は彼の真の能力をまだ見ていなかったことにやっと気がついた。 ジョセフの本領とはガンダールヴの能力でも波紋でもハーミットパープルでもない。 ジョセフの真の能力は、嘘を真実に変貌させるその頭脳と口先! 奇跡を見せ付けられた人間が、奇跡を見せつけた人間の言葉を疑うのは非常に難しい。ただでさえ甘い言葉が、乾いた砂に水を注ぐように王の心を支配していく。 老いたりとは言え一国の王が、平民の言葉を信用し、受け入れ、最後には始祖ブリミルが遣わした使徒であると完全に信用してしまう光景を、若者達は目撃した。 部屋の隅に置かれた水時計は、ジョセフ達が寝室に入ってから出るまでの時間を「23分」と刻んでいた。 後に、数人のメイジの共著により記された本は「23分間の奇跡」と題され、交渉術の秘伝の書として密かに受け継がれていくことになるのだが。 それはまた、別の、話。 To Be Contined →